2008.10.06

思いつくままに

パソコンを触るのも見るのもいやで、ここ数日更新しなかった。
何しろ肩が痛くて。

この間の出来事を幾つか拾っておこう。

・父が腰を痛め、コルセットの世話になることになった。ぎっくり腰か。
 ただでさえ歩行が困難になっているし、歳が歳なので、このまま歩けなくなってしまうのではないかと甚だ心配。
・妻が軽いぎっくり腰になってしまった。通院で経過観察中。
・義姉が腰の骨を折ってしまった。2〜3ヶ月の入院。
・息子が絶望的な顔で「ぼくなんかいなくなればいいんだ。みんなそう思ってるんだ」と嗚咽を漏らした。
・娘がエッチな絵ばかり描くようになった。股間から白鳥の首がにょっきり伸び出した女の子とか。


Posted at 22:15 | 雑記 | COM(0) |
2008.10.01

セロテープ

娘が口をセロテープで塞いでいた。
無意識のうちに口をむにゅむにゅする幼児癖が一向に治らず、妻や私からしつこく指摘されるのがいやになり、自衛策として考案したらしい。
娘は娘なりに困惑しているのだ。
自ら考え付いたこの妙案が功を奏してくれればいいと願う一方、それがまたおかしな癖に繋がらなければいいがと思っている。

Posted at 21:46 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.28

母の鼻毛

母の右の鼻腔から鼻毛が1本伸び出ていた。

母は息子の目から見ても美人で、若かりし頃は、いや50代の頃も60代の頃も、さぞかし周囲の男たちの心を浮かせたり沈ませたりしたに違いないと思っている。

小学校低学年の頃、母の同級生が院長をしている歯医者さんに通院したことがある。
「先生は、昔、きみのおかあさんが好きだったんだぞ」
院長先生は、母に聞こえるようにそう言って悪戯っぽく笑った。

幾つになっても母は女だから、鏡台の鏡で毎日自分の顔を見ているはずだ。
他の者が気付かぬうちにあの鼻毛を抜いてくれないかと密かに願っている。



Posted at 22:34 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.28

上棟こぼれ話2

親戚筋に小学3年生の知的障害児がいる。
昨日の上棟式に、その少年もご両親と一緒に来てくれた。
少年は、今は人並みはずれて体格が良いが、生まれたときは人並みはずれて小さく華奢で、今日に至るまで障害児特有のてんかん状の発作や奇行を繰り返し、ご両親は気の休まる暇もなく慌しい日々を送っておられる。
親戚の集まりごとがあると、少年は必ずと言っていいほど問題を起こし、それは例えば仏壇に攀じ登ってひっくり返したり、いとこたちと喧嘩して怪我をさせたり、窓ガラスを割って自ら怪我をしたりするのだが、それで周囲の大人たちは常にはらはらし通しだ。ご両親の心痛たるや、推して知るべしだろう。

昨日も、少年はちょっとした問題を起こした。
近隣の住宅の庭に1人でずんずん入りこみ、その家のお婆さんが胸に抱いていた飼い猫の脚をむんずと掴んで引っ張ったのだ。
猫はお婆さんの腕を振りほどいて跳んで逃げ、お婆さんは魂消てその場に凍りついた。
少年は、見ただけで通常の子どもと違うことが分かり、言語障害もあり、何より予測不能の粗暴な行動をとるから、慣れていない者はすっかり面食らう。

お婆さんは、夕方、私の母にこう言ったという。
「あの坊やは誰だったの? 怖かった」
狭い住宅街だ。母は、あらぬ噂が広まることを警戒し、咄嗟に嘘をついた。
「どこの子かしらねえ。気付かなかった」


Posted at 22:31 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.27

上棟こぼれ話

西隣りの奥さんからクレームを付けられた。
「これじゃあうちの和室が真っ暗になっちゃうわ。距離、どのくらい空けてあるの?」
「1メートルだったと思います。基準通りのはずですが*」
「そうお? だったら仕方ないけど・・・」
不審顔のまま奥さんは玄関の中へと消えた。
境界ブロックを挟んで眺めると、お隣りさんの家の方が4、50センチほどしか離れておらず基準に違反しているのではないかと思ったが、相隣関係を上手くさばくのも生活の一部と諦め、2度3度出て来ては恨みがましい目つきでこちらを見られても黙っていた。
足場や養生シートが外されれば圧迫感は薄れるだろうし、あとは慣れてもらうしかないと思う。

監督さんに案内されて2階に上がってみたら、西壁に作った窓の位置がお隣りさんの東窓と真向かいになっていることが分かった。
これでは双方息苦しい思いをするに違いない。
変更が可能ならば、位置をずらすか、或いはすべて壁にしてしまうつもりだ。残念だが仕方ない。


*後で図面を確かめたら、こちらは1メートル20センチ空けていた。

Posted at 22:39 | 雑記 | COM(2) |
2008.09.27

上棟、無事終了

雨天延期されていた上棟が、今日無事に終わった。
PA0_0003 上棟
午前7時45分、現場監督さんと一緒に塩、米、いりこ、酒で4隅を清めた後、大工さん8人、メーカーの方3人の総勢11人の皆さんを前に施主として一言挨拶を述べた。
「怪我や事故にだけはくれぐれもお気をつけいただき、どうぞ立派な家を建ててください。宜しくお願い致します。」
深々と頭を下げ、紙コップに注いだ酒で形だけの乾杯をした。
午前8時に始まった工事は、午後6時まで続いた。

醒めるような秋晴れの天空を見上げ続けていた私の顔は、
「ご主人、お酒の飲み過ぎじゃないですか」と軽口をたたかれるほど真っ赤に日焼けした。

Posted at 22:02 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.25

また1つ馬齢を重ねた。

Posted at 22:14 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.24

違う部署の女性社員が天袋から何やら取り出そうとして、踏み台に乗って爪先立っている。
私はというと、例のごとく疲れた体を畳に横たえている。

「あった。これですよね」
薄目を開けて声のする方を見上げると、彼女のお尻が目の前にあった。
弱ったことに彼女は下着姿で、困ったことに紐のようなパンツが股間にすっかり食い込んでいた。


通勤途上、偶然彼女と出会った。
「おはよう」
「おはようございます」


Posted at 22:47 | 雑記 | COM(2) |
2008.09.23

墓参り

いつものように、父と子どもたちと私の4人でお墓参りに出掛けた。
肩の具合が悪く、最近はまったく車の運転をしていないので、往復3時間のドライブはかなりこたえた。
肉体よりも精神的な疲労が激しかったと思う。

実家に帰り着き、ちょっとばかり休むつもりで縁側に干してあった布団に横たわったら、そのまま起き上がれなくなった。

Posted at 22:44 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.21

父、不安定

父のことが気になり、実家に出向いた。

「わたしにはどうすることもできない。わたしのほうがどこかに消えたい。」
帰り際、玄関先で母が力なく呟いた。

病気をしている当人が辛いのは当たり前だが、家族の方が先に参ってしまうことはよくある。

Posted at 21:51 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.20

いろいろあった

昨日に続いて会社を休んだ。

湿布薬と痛み止めの飲み薬を処方してもらうため、整形外科に行った。
痛みをこらえながら1時間待った挙句、痺れを切らせて受付に訊いたら私の存在を忘れられていたことが分かり、ぶち切れた。
あんな病院、もう2度と行かない。


息子と2人で近所の神社へ行き、鉄棒の逆上がりの特訓をやった。
年寄りの肩の痛みより、学校で辛い思いをしている息子の方が重要。
下から腰を押し上げてやりながら15回ほど回った。自力で出来るようになるのはまだまだ先だ。肩が悲鳴を上げた。
PA0_0021 逆上がり


今日9月20日は子どもたちの誕生日。8歳になった。
ケーキを食べたり夕食を外で食べたりした。
体調が悪かったせいだろう、お腹を下してしまい、何度もトイレに駆け込んだ。


肩への負担を軽くするため、ラレーのステムを逆向きにし、上体が立った姿勢でハンドリングできるようにした。
こんな妙ちくりんなクラブスポーツは世界にこれ1台だけだろう。
PA0_0034 ステムを逆に
膝が当たる。慣れるのが難しかったら元に戻す。


それぞれカテゴリを分けてしっかり書きたかったが、余力なし。


Posted at 22:26 | 雑記 | COM(10) |
2008.09.16

上棟式延期

18日に予定していた上棟式が、台風の接近とそれに伴う雨の予報により、27日に延期となった。
米、塩、酒、お昼の弁当、ご祝儀その他、あれこれの準備も一苦労だが、それよりも心の準備を仕切り直さなければならないのが負担である。


Posted at 22:05 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.15

この3日間

仕事漬けで瀕死の状態。
徹夜まで余儀なくされて。
無理矢理一段落つけ、この3日間を簡単にまとめておく。

・肩の調子は一進一退。ただ、仕事が忙しくて通院できなかったためか、或いは資料作りのためのパソコン操作に何十時間もどっぷり浸かっていたせいか、この3日間は疼いて困った。昼間っから風呂に入って肩を温めたりした。

・長袖のYシャツを3枚買った。2980円を2枚と1980円を1枚。私としてはかなり高価なシャツ。
・ズボンを2本買った。4980円を1本と1980円を1本。4980円の方は失敗。
仕事が捗らず、このままではいかんなあと思い、気分転換のつもりで買い物に出掛けたのだが、衝動買いはやっぱりよくないでござる。

・1匹だけ生き残っていたカブトムシ(メス)が昨日(9月14日)死んでしまった。夏がいよいよ終わったなあとしみじみ。

・NISSANのMURANOを作って遊んだ。
080915_2240~0001
これも気分転換。
タカラトミーが出しているCAUL(カウル)というシリーズの、小さくて廉価な赤外線コントロールカーで、子どもたちと一緒に遊んだが、なかなか楽しかった。


17日にセミナーの講師をしなければならない。相手は県内各企業の経営者40数名。
2部構成で、1部は弁護士が取締役の責務に関する法律解説をする。
2部を私が受け持ち、企業の実務者として、会社法と金融商品取引法に関する解説並びに自社の取り組みを説明する。
有料セミナーで話すのは初めて。しかも弁護士のあと。
与えられた時間は1時間。
講師役は慣れているし、本番には強いつもりだが、それは常に徹底した準備を怠らないからだ。
ぎりぎりまで資料の完成度を高め、頭の中で話の構成を固めていく。

Posted at 23:22 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.11

冷たい報せ

あるご夫婦が離婚することになった。
原因はご主人の浮気と聞いたが、真相を知る者は当事者だけだ。
折りしも転勤辞令を受けたご主人は、単身東北の地へ赴くことに。
それを潮に、奥さんは子どもを連れて実家へ戻る。


迷信深い奥さんは、結婚を前に姓名判断をしてもらった。
相性が良くないと判じられたので、奥さんは自分の名前を変えた上で結婚に臨んだ。
よほどの覚悟であったろうと思う。


3年前の秋、ある集まりでそのご夫婦と言葉を交わした。
買ったばかりのデジタルカメラを持参していた私は、戯れに、お2人が並んだ姿を1枚だけ写真に収めた。
小太りで優しそうなご主人と痩せて活発そうな奥さんはバーベキューの火を囲んでにこやかな笑みを湛えている。
パソコンの中のその写真を懐かしく眺めていたのは一昨日の夜で、離婚話を聞いたのは昨日の夜だった。


Posted at 22:54 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.10

嫉妬

お向かいのご主人の裸体を偶然眼にした。
運送業に従事する、私よりひと回り若いその肉体は、健康そのものの張りと艶と逞しさを漲らせており、眩しくて仕方なかった。

Posted at 21:10 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.07

13日早い誕生日プレゼント

1ヶ月ほど前から市内のお店を探し続け、今日ようやく見付けた。
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左はギラティナで、娘が一目惚れした。
右はレジギガスで、息子がうわ言のように欲しがり続けていた。
息子は分かるが、娘のギラティナはいかがなものか。
ポケモンにはピカチュウやシェイミのような愛らしいキャラクターだってたくさんあるのに、選りにも選ってこんなイモムシが巨大化したような強面の怪獣を選ばなくとも・・・。
だが、娘は何事も直感で判断する性分だから、これと決めたら他は目に入らない。

誕生日は20日でかなりのフライングだが、当日まで待たせていざ買いに行ったら売切れていたとなると、子どもたちはがっかりするし、親は親でかなり面倒なことになる。

こういうものを欲しがっていた頃もあったのだと懐かしむ日のために記録しておこう。


Posted at 22:02 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.06

カブトの夏は終わらない

カブトムシがすべて死んでしまったことは、数日前から気付いていた。
今日、ようやく思い立ち、カブトハウスを片付けた。
遊び木や餌入れを1つずつ取り除き、最後に土を掘り返した。
卵か幼虫がいるはずだから、せいぜい用心して掘り進めた。
だが、それらしいものは1つも出てこず、今年のカブトたちの生命力の弱さを改めて思い知る気がした。
3年間受け継がれてきた命が今年で途切れるのは寂しいが、それが自然の摂理というものだろう。


「おや」
指先が硬いものに触れた。
木切れではなく、カブトのメスだった。
「何だよ、驚かすなよ」
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先日までクワちゃんが住んでいたケースに移し替え、新しい昆虫ゼリーを与えた。
驚かせたのは私だった。


Posted at 23:57 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.05

「好きだ」と告げることで軽くなる苦しみもある。

Posted at 22:59 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.04

ビデオカメラ

シャープのビューカム(Viewcam(液晶デジタルビデオカメラ))を買ったのは2004年の1月だった。子どもたちを撮るのが目的だった。
子どもたちが生まれたのは2000年の9月だったから、ビデオに残っているのは3歳4ヶ月の頃からだ。
生まれてすぐに買わなかったのは、記録に残すのは写真だけで十分と考えていたからで、加えて私は、ビデオカメラで子どもを撮影して悦に入るようなマイホームパパにはなりたくないし、なれもしないと思っていた。実際、ビデオカメラを回す姿がこれほど似合わぬ父親もいないと今でも思っている。
だから、2004年になってなぜ突然ビューカムなど買う気になったのか、今もって自分でもよく分からずにいる。どうせ買うなら生まれてすぐだったろうにと思うのは今の自分であって当時の私ではない。
それはそれとして、この買い物は結果的に見れば大失敗だった。
決して安くはなかったし、使いこなしてもいないのに、買って2年目の2006年に早くも壊れてしまい、修理に出しても直らなかった。
その年の秋、今度は日立のウー!(Wooo!(DVDカム))を買った。

一昨日、ふと思い出し、押入れの奥からビューカムを引っ張り出してきた。
生まれついての貧乏性ゆえ、壊れたとからと言ってすぐさま処分するような真似は出来ずにいた。
もしかしたら、という淡い期待もあった。放置していたらそのうち自然と直るのではないかという薄っすらとした願望。
相手は機械なのだからそんなこと普通はあり得ないのだろうが、気まぐれな持ち主に似たのか、2年ぶりにスイッチを入れたら、動いた。

幼い可愛さだけが際立つ娘と息子の声と姿の向こうに在ったのは、強さをまだ十分に蓄えた父の姿であり、今よりほんの少しだけ若い私の声だった。


Posted at 21:58 | 雑記 | COM(0) |
2008.09.02

9月の風とともに

クワちゃんが死んだ。

いつもは夜しか見ないことにしているが、今朝はしきりに胸騒ぎを覚え、出掛ける前にクワちゃんを飼っているケースの蓋を開けた。
上から覗くと、クワちゃんはいつものように昆虫ゼリーのカップに頭を突っ込み、一心に餌を食べていた。
蓋を閉めようとしてふと思いとどまり、念のため指先でクワちゃんの翅をつんつんと突ついてみた。反応がなかった。
まさかと思いながらクワちゃんの体をそっと引っ張り出してみると拍子抜けする軽さで、既に絶命しているのが分かった。

PA0_0000クワちゃん

クワちゃんが我が家にやってきたのは2005年秋のことである。
オオクワガタの寿命は長くて3年と聞いていたから、今年が最期だということは覚悟していた。
だが、つい昨日まで元気に動いていたのは事実で、それが僅か一晩で事切れるなどとは思いもしなかった。

二度と動かぬクワちゃんの黒く艶やかな背を見詰め、私は静かに掌を合わせた。

Posted at 22:13 | 雑記 | COM(0) |
2008.08.31

100円のYシャツ

長袖のYシャツを買いに行った。

ワゴンセール品に壮絶な値段のシャツがあった。
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元値の980円というのもかなりのもんだが、いくら何でも100円はないだろう。
値下げするにもほどがある。作った人に失礼だ。

その昔、Yシャツは1万円前後のものしか買わなかった。安くても9800円。
そして今日買ったのは980円。
時代は変わり、私も変わった。


そうそう、今日はパジャマと長靴も買ったのだ。
パジャマ980円、長靴970円。


Posted at 22:34 | 雑記 | COM(0) |
2008.08.30

基礎コンクリート

基礎部分のコンクリートが流し込まれた。
PA0_0001基礎コンクリ
砂利を入れ、その上に湿気防御のビニールを被せ、そこにコンクリートを流し込む。
コンクリート部分だけで厚さ10数センチ。とにかくまあもの凄い量だ。

近ごろ、色々な地域が集中豪雨の被害に遭い、床上・床下浸水している様子をテレビで見る。
こんな風にコンクリートでがちがちに固めてしまうと、万が一浸水してそこに雨水が溜まった場合、どうやってかき出せばいいのだろう。
ビニールが間に挟められているからじわじわと外に染み出してくれるのも期待薄だし、床下だから自然乾燥も望めまい。
浸水しないことを祈るだけだ。

Posted at 22:15 | 雑記 | COM(0) |
2008.08.29

『ユタと不思議な仲間たち』を観てきた

内容については特に触れないでおくが、2点だけ。
・東北地方独特の言葉遣いをうまく聞き取れず、残念だった。子どもたちが後半ぐずったのもそのせいだろうと思う。
・原作本『ユタとふしぎな仲間たち』(三浦哲郎著)とはかなり異なるストーリーだった。子ども向けミュージカルに換骨奪胎したということだろうが、原作に馴染んだ者としては少々不満が残った。

久々のミュージカル観劇で楽しいひと時を過ごした。いい気分転換になった。

Posted at 23:37 | 雑記 | COM(0) |
2008.08.28

息子に関する気掛かり

息子は歯並びがひどく悪い。
時期が来れば矯正治療をしてあげなければならないと考えていた。

そろそろその時期だろうと思い、昨日矯正専門の歯科に診せたら、治療費が最大で40万円かかると言われ驚いた。
息子は片方の犬歯が内側に入っている。このまま永久歯に生え変わると、顎が正常に成長せず、顔の下半分が「ともさかりえ」のような骨格になってしまうことがあるとも言われた。
ともさかりえの顔立ちを云々するつもりなど毛頭ないが、咬合が悪いと、見栄えも含めて何かと苦労するだろう。
今しかやれない治療なら、今始めるしかない。お金は何とかするしかない。

気掛かりと言えば、息子のちんちんも気になっている。
私の一物はよほど恥ずかしがり屋と見えて帽子の奥にすっぽり首をすくめているが、息子のちんちんの風貌が、大きさは別として私のそれとそっくりなのだ。
帽子の中に垢が溜まると炎症を起こすこともあるので、風呂に入ったら、全身を洗ってやるついでに息子の帽子をずるりとめくり、手桶に汲んだ湯を軽く流してやることにしている。
本人が意識してしまっては洗わせてくれなくなるだろうから、素知らぬフリをして、何気なくささっとやってあげるのがコツだ。
ちんちんに関する羞恥心や自我が目覚めぬうちに、友達から性に関する妙な入れ知恵をされぬうちに、しかるべき処置を施してあげるのが親の務めではないか。
私と同じ苦労をむざむざさせるわけにはいかないと、かなり真剣に考えている。


Posted at 22:30 | 雑記 | COM(7) |
2008.08.27

娘に関する気掛かり

例えば、
「今日も暑いですね」と声を掛ける。
すると、
「夏だから当たり前じゃん」と応じる人がいる。
会話は前に進まない。

娘と話をしていると、このテの反応がたびたびあり、ムッとする。
私のことが嫌いなのだろうかと思うこともあるし、誰に似たのかなどとあらぬ詮索をしてしまったりもする。

小学2年生の女の子なら、成長の過程として、大なり小なりそんな反応を示す時期があるのだろうか。
そうであれば殊更身構えることもあるまいが、もしこれが娘独自の性分だとすれば、放っておくわけにもいかない。
「そういう言い方はよくない。相手が不愉快になる」
昨夜は正面からそう諭したが、娘に理解できたかどうかは分からない。

気掛かりと言えば、間もなく8歳になるというのに、娘は未だに口をむにゅむにゅする。
タオルケットの端を口に含んだ赤ちゃんのように、舌先を歯と唇で揉むようにしてむにゅむにゅと。
1人で何かに没頭したり、逆にぼーっとしているときにその仕草は起きる。
ヘンな薬でもやってるんじゃないかと思うような恍惚の表情だ。
もちろん本人にその自覚はない。
そのうち自然と治まるだろうと楽観していたが、治まるどころか逆にひどくなってきたようで心配になり、最近は気付いたら即注意するようにしている。
まさかそんなことはあるまいと思うが、お年頃になってもこんな癖が残っていたとしたら、うー、ゾッとする。

※ストレス性の退行現象かも知れない。だとしたら違った問題を孕んでいることになる。
 そんなことをぼんやり思った。(8月28日追記)

Posted at 22:20 | 雑記 | COM(0) |
2008.08.24

音だけの花火

遠くから花火の音が鳴り響いてくる。

ずしーん
ずしーん
ずしーん

音だけの花火は夜を引き裂き、大地を揺らし、戦火を思わせる。


Posted at 21:25 | 雑記 | COM(0) |
2008.08.22

髪を切った

髪を切った。
いつものように鋏を使って自分で。

頭髪は放っておくとどこまでも伸びるのに、陰毛はどうして一定の長さで成長が止まるんだろう。
不思議だな。

Posted at 22:59 | 雑記 | COM(0) |
2008.08.18

病院へ

父母を連れて病院へ行った。
出来たばかりの病院のせいもあってか、午後の患者は父のみ。
ほぼ1時間、じっくり診察を受けられた。
診断名は、広い意味でうつ病だろう、と。

睡眠薬を変更してもらった。アモバンからマイスリーへ。

今度の病院(の院長先生)は父に合っている気がした。
もちろん、父がどう感じたかが重要なのだが。

T先生の話をしたらご存知だった。
とても優秀な先生だった、素晴らしい論文や著書を遺されており、今でも研究のために拝読しています、と。
我が事のように嬉しかった。

先ほど改めてネットでT先生を検索したら、1枚だけお写真を見つけた。
眺めていたら、今にもあの優しい口調で語りかけてくれるようで、懐かしさと悲しみに身を切られる思いがした。

Posted at 22:56 | 雑記 | COM(4) |
2008.08.17

父からの呼び出し

午前10時過ぎに電話が鳴った。
受け答えする妻の口調で、私の実家からの電話であることがすぐにわかった。
挨拶もそこそこに、妻は小声で「お義父さんから」と言って硬い表情のまま私に取り次いだ。
受話器を伝って来る父の声は力がなく不明瞭で、事態がよからぬ方向へ転じていることが察せられた。
「ほかでもない、ぼくの病気のことでいろいろ考えている。都合がつくなら来てもらえないだろうか」
父のことより大事な都合などあるはずもなく、急ぎ実家へ駆けつけた。

玄関を開けてくれた母は沈痛な面持ちで「私じゃわからないから」と語尾を濁した。

父は、おもむろに自分の母親の話を始めた。
父方の祖母(父の母)の晩年が悲惨だったことは母からそれとなく聞き及んでいたが、父の口から直接聞いたのは初めてであった。
祖父は職業軍人で、戦時中は羽振りもよく、勝気で気位の高かった祖母は一家の繁栄を誇りとし、揃って出来のよい子どもたちのこともあって、近所から疎まれるような暮らしをしていたという。
だが敗戦を境に、一家の経済や評価は一気に暗転した。
祖母の言動はやがて常軌を逸するようになり、最期は精神病院の鉄格子の中で朽ち果てていったという。
そのことで、祖父はもとより、子どもである父たちもまた周囲から敬遠され、口さがない世間の噂に晒されながら肩身の狭い暮らしを強いられたという。
実母の狂死にまつわる暗い過去は、父の一族にとっては厳に封印すべき禁忌であったに違いない。

老人性の痴呆症になるのは何とも思わぬと父は言った。
父が何より恐れているのは、自分が母親と同じ道を辿ってこの世を去ることであり、そのことで、遺された私たちの生活に思いも寄らぬ迷惑を掛けてしまうのではないかということだった。
現に父は、40になるかならぬかの頃、突然原因不明の心身の不調を訴え、仕事を辞めると言い募り、母を激しく苦しめた。
乳飲み子の弟と幼稚園児の私と小学校低学年の姉の3人の幼な子を抱えた母にとっては、まさに暗黒時代であったろう。
しかし、母が何をどう説諭しても、父は聞く耳を持たなかった。
窮した母は、父が唯一頭の上がらぬ人物であるお仲人さんに一縷の望みを託した。
その選択は正しく、父はお仲人さんの言いつけに従って3ヶ月間の入院生活を送り、その後無事に職場復帰を果たした。
当時はまだうつ病という病気は広く流通していなかったと思うが、今振り返れば、あれは間違いなくうつ病の症状であった。
「そんなことを気にする必要はない。俺はその血をしっかり受け継いでいるから」と言って私は笑って見せた。


先日、T心療クリニックを訪れた際、T先生の訃報に呆然としながらも、後任のK先生に父のことを相談した。あの日は、それが目的でT先生のもとを訪れたのだった。
K先生は、父に相応しいと思われる病院を2、3紹介してくれた。

明日、午後から仕事を休み、父を病院に連れて行くことを約して実家を辞去した。

Posted at 23:08 | 雑記 | COM(0) |
2008.08.15

盆の集い

「小生の体調のことでは色々とご心配をおかけしておりますが、皆さんの元気をもらってもうひとがんばりします。では乾杯」
父の挨拶はいつもと変わらず簡潔にして明瞭であった。

Posted at 22:27 | 雑記 | COM(0) |