2008.07.30
2008.07.29
気が重い、荷物が重い
明日から中国出張。
直前になって現地の工場から「お願い」の電話が入った。
部品が足りず組立ラインが止まってしまった、ネジと座金を持って来て欲しい、と。
安請け合いをしたつもりはない。
製造業にとって、ラインストップは最も避けなければならない緊急事態だ。
夕刻、担当者が私のところへ部品を届けに来た。
たかがネジと座金でも、1000個2000個となると、その重量は半端じゃない。
要するに金属の塊であり、持った瞬間、腕が抜けるかと思うほどずしりと重く響き、暗澹たる気分になった。
ラレーの前カゴに積んでどうにかこうにか帰宅した。
体重計で量ったら10kgあった。
この炎暑の中、50肩に苦しむ私としては、実に何とも憂鬱な出張となってしまった。
直前になって現地の工場から「お願い」の電話が入った。
部品が足りず組立ラインが止まってしまった、ネジと座金を持って来て欲しい、と。
安請け合いをしたつもりはない。
製造業にとって、ラインストップは最も避けなければならない緊急事態だ。
夕刻、担当者が私のところへ部品を届けに来た。
たかがネジと座金でも、1000個2000個となると、その重量は半端じゃない。
要するに金属の塊であり、持った瞬間、腕が抜けるかと思うほどずしりと重く響き、暗澹たる気分になった。
ラレーの前カゴに積んでどうにかこうにか帰宅した。
体重計で量ったら10kgあった。
この炎暑の中、50肩に苦しむ私としては、実に何とも憂鬱な出張となってしまった。
2008.07.28
2008.07.28
薬を貰いに
地鎮祭が終わってほっとする間もなく、薬が1粒足りないから貰ってきて欲しいと父が言った。
父の声には張りがなく、同じ言葉を繰り返し、何とはなしに呂律も怪しく感じられた。
相変わらず睡眠が不十分なのが第一の原因であろう。
呂律が回らないのは、睡眠薬や安定剤が父の体内にまだ残留していて、それで意識が朦朧としているのだろうと思った。
急ぎ病院へ向かい、父になりかわって外来で処方箋を書いてもらい、薬局に立ち寄って実家に戻った。
たった1粒の薬で安心したせいでもあるまいが、出掛ける前に比べ、父の表情は平静を取り戻し、声にも力が蘇っている気がした。
父の声には張りがなく、同じ言葉を繰り返し、何とはなしに呂律も怪しく感じられた。
相変わらず睡眠が不十分なのが第一の原因であろう。
呂律が回らないのは、睡眠薬や安定剤が父の体内にまだ残留していて、それで意識が朦朧としているのだろうと思った。
急ぎ病院へ向かい、父になりかわって外来で処方箋を書いてもらい、薬局に立ち寄って実家に戻った。
たった1粒の薬で安心したせいでもあるまいが、出掛ける前に比べ、父の表情は平静を取り戻し、声にも力が蘇っている気がした。
2008.07.28
地鎮祭
午前8時半から地鎮祭を執り行った。
朝陽が昇ると同時に今日も始まった酷暑の中、地元の神主さんに来ていただいた。
列席者は、母、私たち一家4人、メーカーの方3人の計8人。
体調の思わしくない父は自ら辞退したが、古家を取壊す際の神事の直後に入院した4月のことが頭から離れず、参加したいと言ってきても私から断るつもりだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1間四方の四隅に打った杭に先日切ってきた竹を括りつけ、先端付近を縄で囲った。
酒、米、鯛、野菜、果物、塩などを三方に載せ、神台の上に飾りつけ、神事が始まった。
小さく盛った土の山に埋められた草を左手で掴み、その根元を、右手に持った鎌で「えい、えい、えい」と声を発しながら3度切る真似事をした。
その場で指示され、言われるがままに動いただけであり、ぎこちない自分の手際と弱弱しい声が恥ずかしかった。
同じ山に、続いて妻がスコップの先を3度入れた。
最後にメーカーの方が角材を大きな木槌で3度打ち込んだ。
さすがに手馴れたもので、メーカーの方の掛け声には迷いがなく、「えいっ!えいっ!えいっ!」と天空に届くようで、思わず背筋がぴんと伸びた。
土地の四方に紙吹雪と塩を撒き、神事は無事に終わった。
全員が汗だくになった30分だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
実家に戻り、滞りなく終わったことを告げると、父はいつもの籐椅子に腰掛けたまま、安心したように小さく笑った。
朝陽が昇ると同時に今日も始まった酷暑の中、地元の神主さんに来ていただいた。
列席者は、母、私たち一家4人、メーカーの方3人の計8人。
体調の思わしくない父は自ら辞退したが、古家を取壊す際の神事の直後に入院した4月のことが頭から離れず、参加したいと言ってきても私から断るつもりだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1間四方の四隅に打った杭に先日切ってきた竹を括りつけ、先端付近を縄で囲った。
酒、米、鯛、野菜、果物、塩などを三方に載せ、神台の上に飾りつけ、神事が始まった。
小さく盛った土の山に埋められた草を左手で掴み、その根元を、右手に持った鎌で「えい、えい、えい」と声を発しながら3度切る真似事をした。
その場で指示され、言われるがままに動いただけであり、ぎこちない自分の手際と弱弱しい声が恥ずかしかった。
同じ山に、続いて妻がスコップの先を3度入れた。
最後にメーカーの方が角材を大きな木槌で3度打ち込んだ。
さすがに手馴れたもので、メーカーの方の掛け声には迷いがなく、「えいっ!えいっ!えいっ!」と天空に届くようで、思わず背筋がぴんと伸びた。
土地の四方に紙吹雪と塩を撒き、神事は無事に終わった。
全員が汗だくになった30分だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
実家に戻り、滞りなく終わったことを告げると、父はいつもの籐椅子に腰掛けたまま、安心したように小さく笑った。
2008.07.27
Oさんへのお礼状を下書きしながら、書くということについて考えていた。
起きたことあったこと、見たこと聞いたこと、感じたこと思ったことを言葉に置換する、そのプロセスが私にとっての安定剤ならば、ひたすら書き続けるしかない。
起きたことあったこと、見たこと聞いたこと、感じたこと思ったことを言葉に置換する、そのプロセスが私にとっての安定剤ならば、ひたすら書き続けるしかない。
2008.07.27
地縄張りと契約書調印
現場に張られた地縄を確認した。
地縄とは、建物の位置を示すために地面に張り巡らす縄のことで、いわば現場に原寸大で描く平面図のようなものだ。
営業のUさん、現場監督のFさんと午前10時に落ち合い、全体の説明を受けた。
なるほど図面通りに紐が張られていたが、南北の位置関係に釈然としないものを感じ、率直に意見を述べた。
全体を半間ほど北に動かしてもらいたい、と。
Uさんの表情が瞬時に変わった。強い戸惑いが現れていた。
施主である私の希望と様々な建築条件を比較考量し、ぎりぎりのところで折り合いをつけた位置であり、それを今頃になって変更してもらいたいと告げられても困る。
Uさんの顔はそう語っていた。
だが、机上の図面と現場の印象が異なるのは致し方ないことだとの思いがあり、私は譲らなかった。
UさんとFさんと私の3人で、巻尺を地面に当てたり、建築士と携帯電話でやり取りをしながら、可能な限り北へずらす努力をした。
炎天下、みな汗びっしょりだ。
Uさんは、半間はとても無理だと言った。50センチが限界だと。
50センチでは私が納得しない。
3人とも言葉を発せなくなり、暫し静かな時間が流れた。
「60センチでお願いします。6という数字が好きなので」
膠着した空気を切り裂くように私が宣言した。
カーポートと軒先が干渉するかも知れないが、それでもいいかと念を押された。
カーポートなど後から何とでもなる。何とかする。
・・・・・・・・・・・・・・
地縄の確認が終わり、Uさんたちと一緒に近隣の家々に挨拶をして回った。
・・・・・・・・・・・・・・
昼前に会社へ出向き、正式な契約書に自署し、押印した。

地縄とは、建物の位置を示すために地面に張り巡らす縄のことで、いわば現場に原寸大で描く平面図のようなものだ。
営業のUさん、現場監督のFさんと午前10時に落ち合い、全体の説明を受けた。
なるほど図面通りに紐が張られていたが、南北の位置関係に釈然としないものを感じ、率直に意見を述べた。
全体を半間ほど北に動かしてもらいたい、と。
Uさんの表情が瞬時に変わった。強い戸惑いが現れていた。
施主である私の希望と様々な建築条件を比較考量し、ぎりぎりのところで折り合いをつけた位置であり、それを今頃になって変更してもらいたいと告げられても困る。
Uさんの顔はそう語っていた。
だが、机上の図面と現場の印象が異なるのは致し方ないことだとの思いがあり、私は譲らなかった。
UさんとFさんと私の3人で、巻尺を地面に当てたり、建築士と携帯電話でやり取りをしながら、可能な限り北へずらす努力をした。
炎天下、みな汗びっしょりだ。
Uさんは、半間はとても無理だと言った。50センチが限界だと。
50センチでは私が納得しない。
3人とも言葉を発せなくなり、暫し静かな時間が流れた。
「60センチでお願いします。6という数字が好きなので」
膠着した空気を切り裂くように私が宣言した。
カーポートと軒先が干渉するかも知れないが、それでもいいかと念を押された。
カーポートなど後から何とでもなる。何とかする。
・・・・・・・・・・・・・・
地縄の確認が終わり、Uさんたちと一緒に近隣の家々に挨拶をして回った。
・・・・・・・・・・・・・・
昼前に会社へ出向き、正式な契約書に自署し、押印した。

2008.07.26
書くということ
同人誌仲間のOさんから先ごろ贈って頂いた自費出版本を読んでいる。
血の通った彫心鏤骨の言葉を読めば読むほど、こうして思いつくまま気の向くままに駄文を晒す自分の愚かさを恥じ入るばかりだ。
中学の頃、ボブ・ディランを知った。
意味など解りもしないくせにディラン気取りで詩を書き始めた。
日記を書く習慣はその頃から続いている。
高校の頃、安部公房を知った。
めくるめく物語世界に酔い痴れた。
大学の頃、太宰治と三浦哲郎を知った。
日本語の美しさ、哀しさに心を奪われた。
極限のユーモアが身に沁みた。
やがて自分でも小説を書き始めた。
今、私は、痛烈な自己嫌悪に陥っている。
血の通った彫心鏤骨の言葉を読めば読むほど、こうして思いつくまま気の向くままに駄文を晒す自分の愚かさを恥じ入るばかりだ。
中学の頃、ボブ・ディランを知った。
意味など解りもしないくせにディラン気取りで詩を書き始めた。
日記を書く習慣はその頃から続いている。
高校の頃、安部公房を知った。
めくるめく物語世界に酔い痴れた。
大学の頃、太宰治と三浦哲郎を知った。
日本語の美しさ、哀しさに心を奪われた。
極限のユーモアが身に沁みた。
やがて自分でも小説を書き始めた。
今、私は、痛烈な自己嫌悪に陥っている。
2008.07.26
水着の女たちを眺めていたい
2008.07.26
中島みゆきを浴びる日々
2008.07.25
蚊
小便をし始めたとき、蚊が襲ってきた。
足首のあたりをブンブンと。
足先を、あっちへ蹴り出したりこっちへ引き戻したりして追いやろうとしたが、すばしっこくてしつこくてうるさくて往生した。
意識がそちらへ奪われ、落ち着きを失い、ついに小便が止まってしまった。
何につけ勢いのない男の小便なんて所詮そんなものだが、あのまま放出し続けていたら、ただでさえ狙いの定まらぬ軌道は乱れに乱れ、床やズボンを濡らしたに違いないのだから、結果としては正しい反応だったのだろう。
蚊と言えば、最近はまるで手で打ち落とせなくなった。
可哀想だからなどという愛に満ちた理由ではなく、視力や反射神経が衰えてしまったせいだ。
足首のあたりをブンブンと。
足先を、あっちへ蹴り出したりこっちへ引き戻したりして追いやろうとしたが、すばしっこくてしつこくてうるさくて往生した。
意識がそちらへ奪われ、落ち着きを失い、ついに小便が止まってしまった。
何につけ勢いのない男の小便なんて所詮そんなものだが、あのまま放出し続けていたら、ただでさえ狙いの定まらぬ軌道は乱れに乱れ、床やズボンを濡らしたに違いないのだから、結果としては正しい反応だったのだろう。
蚊と言えば、最近はまるで手で打ち落とせなくなった。
可哀想だからなどという愛に満ちた理由ではなく、視力や反射神経が衰えてしまったせいだ。
2008.07.25
気になる自転車たち

これはANCHOR RNC7 Elite。気になるのは1ランク下のEquipe。

これはLeMond POPRAD(レモン ポップラッド)。
アンカーは完全なロードバイク。レモンはシクロクロス。
先日記事にしたBASSO Viper(バッソ ヴァイパー)ももう1度アップ。

3台に共通しているのは白のクロモリフレームにカーボンフォーク仕様。
残念ながら、行きつけのショップではレモンの取り扱いをしていない。
あ、あと1つフレーム売りも。

これはTESTACH CONCISE-com(テスタッチ コンサイスーコム)。
写真はクロモリのフォークだが、カーボンフォークもあり。
2008.07.23
本を買った
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2008.07.23
仕事を終えたところで実家に架電した。
母が出た。
父の様子と母の検査結果を訊いた。
いずれも良好で、気分が少し上向いた。
病院の看板を目にするたびに点滴を打ってもらいたいと思いつつも。
母が出た。
父の様子と母の検査結果を訊いた。
いずれも良好で、気分が少し上向いた。
病院の看板を目にするたびに点滴を打ってもらいたいと思いつつも。
2008.07.22
2008.07.22
2008.07.22
午前中の仕事をキャンセルし、父を病院へ連れて行った。
出入口前のロータリーで一旦父を降ろし、ロビーの長椅子で待つように告げて駐車場に車を運んだ。
急いでロビーに戻ってみると、父は既に自分で初診の手続きを済ませていた。
昨日、救急外来の医師からは神経内科を受診するよう指示を受けていたが、父は精神科の受診手続きをしていた。
精神科と神経内科は紛らわしく、父は勘違いしたのだろうと思ったが、再び書類を書いて提出し直す手間や時間が惜しく、どちらでも構わぬという気持ちになった。
精神科の扉を押し、待合室の長椅子に腰を下ろした。
受付の女性が問診票を持って来た。
氏名、生年月日、既往歴、家族構成・・・。
身内にうつ病などの精神疾患患者がいないかを問うものがあり、父は一瞬躊躇うような素振りを見せた。
「俺が入院したのは33のときだから、13年前だ」と答えると、父は私のことを正直に書いた。
他にも随分たくさんの設問があり、父は考え考えしながら筆を進めた。
時折見るともなしに見やったが、体重欄に50キロと書かれているのが目に留まり驚いた。
父は昔の人間としてはかなり大柄で、上背が180センチ近くあった。
もともと強い猫背だった背中が年を経る毎にいよいよ丸く曲がってしまい、見る見る小さくなっていったが、それでもまさか体重が50キロまで落ちているとは思わなかった。
年寄りの体からは徐々に水分や脂肪分が失われ、やがて骨と皮だけに枯れていくものだが、あれほど体格の良かった父がと思うと、我が目を疑った。
担当医の診察が一段落した後、カウンセラーから認知症の程度を確かめるテストを受けた。
「お名前は何ですか」
「生年月日はいつですか」
「出身地はどこですか」
「今の季節は何ですか」
「今日は何年の何月何日ですか」
「ここはどこですか」
「ここは何県ですか」
「今から3つの単語を言います。桜、猫、電車。後でまた訊きますから覚えておいてください」
「このケースの中に5つの品物が入っています。腕時計、櫛、定規、歯ブラシ、匙。後でまた訊きますから覚えておいてください」
「100から7を引いたら何ですか」
「93から7を引いたら何ですか」
「何でもいいですから思いつくままに文章を書いてください」
「その図形を真似して描いてください」
・・・・・・・・
隣に坐り、懸命に答える父の横顔を眺めながら、父を愚弄するかのようなテストなど受けなければ良かったと思い、苛立った。
父は3つ間違いを犯した。
だがそれは、私も同じように混乱する問いであり、父は完全に正常だと思った。
文章問題では、父はよどみなくさらさらと2行の文章を書いた。
「この夏の暑さは格別だ。
グローバルな問題となっている地球環境の破壊によるところ大であろう」
2個の5角形を重ねた図形問題でも、父は完璧に模写して見せた。
・・・・・・・・
テストが終わり、担当医の診察を再び受けた。
軽い物忘れがあるようだと医師は診断結果を告げたが、それは46歳の私でも間違うような問題につっかえただけであり、それをもって軽い物忘れの症状があるなどと軽々しく口にした医師に怒りを覚え、
「あなたは今ここで思いつくままに文章を書けと言われて、父のような文章が書けるのか」と問い詰めたくなった。
午前中一杯かけて精神科の診察を終え、脳のMRI検査を予約し、病院をあとにした。
出入口前のロータリーで一旦父を降ろし、ロビーの長椅子で待つように告げて駐車場に車を運んだ。
急いでロビーに戻ってみると、父は既に自分で初診の手続きを済ませていた。
昨日、救急外来の医師からは神経内科を受診するよう指示を受けていたが、父は精神科の受診手続きをしていた。
精神科と神経内科は紛らわしく、父は勘違いしたのだろうと思ったが、再び書類を書いて提出し直す手間や時間が惜しく、どちらでも構わぬという気持ちになった。
精神科の扉を押し、待合室の長椅子に腰を下ろした。
受付の女性が問診票を持って来た。
氏名、生年月日、既往歴、家族構成・・・。
身内にうつ病などの精神疾患患者がいないかを問うものがあり、父は一瞬躊躇うような素振りを見せた。
「俺が入院したのは33のときだから、13年前だ」と答えると、父は私のことを正直に書いた。
他にも随分たくさんの設問があり、父は考え考えしながら筆を進めた。
時折見るともなしに見やったが、体重欄に50キロと書かれているのが目に留まり驚いた。
父は昔の人間としてはかなり大柄で、上背が180センチ近くあった。
もともと強い猫背だった背中が年を経る毎にいよいよ丸く曲がってしまい、見る見る小さくなっていったが、それでもまさか体重が50キロまで落ちているとは思わなかった。
年寄りの体からは徐々に水分や脂肪分が失われ、やがて骨と皮だけに枯れていくものだが、あれほど体格の良かった父がと思うと、我が目を疑った。
担当医の診察が一段落した後、カウンセラーから認知症の程度を確かめるテストを受けた。
「お名前は何ですか」
「生年月日はいつですか」
「出身地はどこですか」
「今の季節は何ですか」
「今日は何年の何月何日ですか」
「ここはどこですか」
「ここは何県ですか」
「今から3つの単語を言います。桜、猫、電車。後でまた訊きますから覚えておいてください」
「このケースの中に5つの品物が入っています。腕時計、櫛、定規、歯ブラシ、匙。後でまた訊きますから覚えておいてください」
「100から7を引いたら何ですか」
「93から7を引いたら何ですか」
「何でもいいですから思いつくままに文章を書いてください」
「その図形を真似して描いてください」
・・・・・・・・
隣に坐り、懸命に答える父の横顔を眺めながら、父を愚弄するかのようなテストなど受けなければ良かったと思い、苛立った。
父は3つ間違いを犯した。
だがそれは、私も同じように混乱する問いであり、父は完全に正常だと思った。
文章問題では、父はよどみなくさらさらと2行の文章を書いた。
「この夏の暑さは格別だ。
グローバルな問題となっている地球環境の破壊によるところ大であろう」
2個の5角形を重ねた図形問題でも、父は完璧に模写して見せた。
・・・・・・・・
テストが終わり、担当医の診察を再び受けた。
軽い物忘れがあるようだと医師は診断結果を告げたが、それは46歳の私でも間違うような問題につっかえただけであり、それをもって軽い物忘れの症状があるなどと軽々しく口にした医師に怒りを覚え、
「あなたは今ここで思いつくままに文章を書けと言われて、父のような文章が書けるのか」と問い詰めたくなった。
午前中一杯かけて精神科の診察を終え、脳のMRI検査を予約し、病院をあとにした。
2008.07.21
家の打合せをしているとき、携帯が震えた。
誰だろう。どうせ間違い電話に違いない。
振動が止まった後もそのまましばらく打合せを続けた。
一段落し、ポケットから携帯電話を取り出して見ると、実家の番号が表示されていた。
昨日の今日であり、父のことで不吉なものを感じた。
打合せの部屋を退席し、外に出て家に電話をかけた。
気分がざわつき、煙草に火をつけた。
母の説明によれば、父が午後から急に不調を訴え、私を呼べと言ってきかないらしい。
それで私の自宅に連絡したが、留守番電話になっており誰も出ない。
だったら姉に電話せよ、と。
よほど追い詰められていたのだろう、父は、姉と連絡が取れた後も再び私に連絡を取るよう言い募ったそうだ。
携帯電話の番号は父母にも伝えているが、11桁の番号は年寄りでなくとも見ただけで気持ちが逃げる。懸命に番号を押した老母の思いが伝わってきた。
精神的に参っている面が強い気がするので、お前が知っている精神科医に連れて行ってくれればありがたいと母は言った。父もそれを望んでいると。
一旦自宅に戻り、私が常用している安定剤と睡眠薬を胸ポケットに突っ込み、実家に駆けつけた。
姉夫婦が既に来ていた。
父は椅子に身を預け、大儀そうに天を仰いでいた。
私が知っているところを含め幾つかの病院に電話をかけたが、生憎今日は休日で、内科や心療内科系の医師はおらず、いずれも対応出来ぬと言われた。
休日診療を受け付けている病院も、父の症状を説明すると二の足を踏むようで断られた。
こうなってしまっては、下手に連絡をして出向くよりも公立病院の救急外来に連れて行った方がいいと判断し、車で15分ほどの総合病院へ行った。
全身が我慢ならぬほどだるい、息苦しい、ふらつく、眩暈で倒れそうになる、もうおしまいかと思うようだ。
父が説明する一言一言を聞きながら、担当医と看護師は様々な検査を手早く進めた。
父の体に繋がるモニターの画面に血圧が表示されており、上が190を超えていた。
直接の原因は高過ぎる血圧のせいであろうと素人なりに判断した。
入院を覚悟したが、医師からは一旦帰宅するよう指示を受けた。
明日、神経内科の外来を受診し、今後の治療方針を検討することになった。
午後9時過ぎ。
病院から実家に戻る車中、助手席の父と幾つか言葉を交わした。
「いろいろ済まんやった。おまえも無理をせんように」
父は、消え入るような細い声で私の身を案じてくれた。
誰だろう。どうせ間違い電話に違いない。
振動が止まった後もそのまましばらく打合せを続けた。
一段落し、ポケットから携帯電話を取り出して見ると、実家の番号が表示されていた。
昨日の今日であり、父のことで不吉なものを感じた。
打合せの部屋を退席し、外に出て家に電話をかけた。
気分がざわつき、煙草に火をつけた。
母の説明によれば、父が午後から急に不調を訴え、私を呼べと言ってきかないらしい。
それで私の自宅に連絡したが、留守番電話になっており誰も出ない。
だったら姉に電話せよ、と。
よほど追い詰められていたのだろう、父は、姉と連絡が取れた後も再び私に連絡を取るよう言い募ったそうだ。
携帯電話の番号は父母にも伝えているが、11桁の番号は年寄りでなくとも見ただけで気持ちが逃げる。懸命に番号を押した老母の思いが伝わってきた。
精神的に参っている面が強い気がするので、お前が知っている精神科医に連れて行ってくれればありがたいと母は言った。父もそれを望んでいると。
一旦自宅に戻り、私が常用している安定剤と睡眠薬を胸ポケットに突っ込み、実家に駆けつけた。
姉夫婦が既に来ていた。
父は椅子に身を預け、大儀そうに天を仰いでいた。
私が知っているところを含め幾つかの病院に電話をかけたが、生憎今日は休日で、内科や心療内科系の医師はおらず、いずれも対応出来ぬと言われた。
休日診療を受け付けている病院も、父の症状を説明すると二の足を踏むようで断られた。
こうなってしまっては、下手に連絡をして出向くよりも公立病院の救急外来に連れて行った方がいいと判断し、車で15分ほどの総合病院へ行った。
全身が我慢ならぬほどだるい、息苦しい、ふらつく、眩暈で倒れそうになる、もうおしまいかと思うようだ。
父が説明する一言一言を聞きながら、担当医と看護師は様々な検査を手早く進めた。
父の体に繋がるモニターの画面に血圧が表示されており、上が190を超えていた。
直接の原因は高過ぎる血圧のせいであろうと素人なりに判断した。
入院を覚悟したが、医師からは一旦帰宅するよう指示を受けた。
明日、神経内科の外来を受診し、今後の治療方針を検討することになった。
午後9時過ぎ。
病院から実家に戻る車中、助手席の父と幾つか言葉を交わした。
「いろいろ済まんやった。おまえも無理をせんように」
父は、消え入るような細い声で私の身を案じてくれた。
2008.07.20
蝉、トンボ、餡餅
緑濃い山の上の神社へ蝉を捕まえに出掛けた。
蝉時雨の降り注ぐ参道を経巡り、油蝉を1匹とニイニイ蝉を5匹捕まえた。
昆虫少年だったから蝉とりは得意だ。
「また捕まえたぞ!」
捕まえるたびに子どもたちを呼びつけ、親の威厳を誇示した。

この神社へは毎年来ているが、1つだけ果たせずにいることがある。
オニヤンマだ。
3年ほど前、1匹のオニヤンマを見つけ、懸命に捕虫網を振り回したがとり逃がした。
翌年も同じ場所でオニヤンマを見つけ、子どもたちと来ていることさえ忘れて追い続けたが、再び逃した。
今年こそはと密かに狙っていた。
その場所に行くと、いたいた。私の前に三度オニヤンマが現れた。
去年飛んでいたオニヤンマと同じはずはないが、悠然と宙を舞う黄色と黒の大きなトンボは、去年どころか一昨年とも同じオニヤンマに思え、気持ちが昂ぶった。
「やれるもんならやってみろ」
高く低く、遠く近くを舞い飛ぶオニヤンマは、こちらをからかうように急接近や急降下を繰り返した・・・・・・。
帰りに地元名産の餡餅を買い求めた。
父の様子を確かめに行くのではない。
餡餅を届けに行くだけだ。
そう自分に言い聞かせ、恐る恐る実家を訪ねた。
蝉時雨の降り注ぐ参道を経巡り、油蝉を1匹とニイニイ蝉を5匹捕まえた。
昆虫少年だったから蝉とりは得意だ。
「また捕まえたぞ!」
捕まえるたびに子どもたちを呼びつけ、親の威厳を誇示した。

この神社へは毎年来ているが、1つだけ果たせずにいることがある。
オニヤンマだ。
3年ほど前、1匹のオニヤンマを見つけ、懸命に捕虫網を振り回したがとり逃がした。
翌年も同じ場所でオニヤンマを見つけ、子どもたちと来ていることさえ忘れて追い続けたが、再び逃した。
今年こそはと密かに狙っていた。
その場所に行くと、いたいた。私の前に三度オニヤンマが現れた。
去年飛んでいたオニヤンマと同じはずはないが、悠然と宙を舞う黄色と黒の大きなトンボは、去年どころか一昨年とも同じオニヤンマに思え、気持ちが昂ぶった。
「やれるもんならやってみろ」
高く低く、遠く近くを舞い飛ぶオニヤンマは、こちらをからかうように急接近や急降下を繰り返した・・・・・・。
帰りに地元名産の餡餅を買い求めた。
父の様子を確かめに行くのではない。
餡餅を届けに行くだけだ。
そう自分に言い聞かせ、恐る恐る実家を訪ねた。
2008.07.20
竹
地鎮祭用の竹をどうするかで頭を悩ませていた。
2メートルほどの竹を4本。
そう言われても思いつく場所がない。
竹薮は所々に見かけるが、世知辛いご時世だから迂闊に竹を切ることもはばかられる。
こうなったらあそこしかない。
細くて頼りないが、あれしかない。
結婚後10年間住んでいた借家の通り向かいに空き地があり、その一隅に竹が生えていた。
馴染み深い借家と地続きに生えているあの竹がいいと思い決めていた。
竹を切っていると、かつてお隣さんだったKさん宅のご主人が庭に出てこられ、挨拶を交わした。
住んでいた家をちらちら眺めやりながら、あれから1年4ヶ月が経ったのだと思った。
2メートルほどの竹を4本。
そう言われても思いつく場所がない。
竹薮は所々に見かけるが、世知辛いご時世だから迂闊に竹を切ることもはばかられる。
こうなったらあそこしかない。
細くて頼りないが、あれしかない。
結婚後10年間住んでいた借家の通り向かいに空き地があり、その一隅に竹が生えていた。
馴染み深い借家と地続きに生えているあの竹がいいと思い決めていた。
竹を切っていると、かつてお隣さんだったKさん宅のご主人が庭に出てこられ、挨拶を交わした。
住んでいた家をちらちら眺めやりながら、あれから1年4ヶ月が経ったのだと思った。






